群れから離れて生きていたい

楽に呼吸できる生き方を求めて

辛いときだからこそ掘り出せる宝物

何か辛いことがあったわけでもなく、
何か不幸があったわけでもないのに、

もうこれ以上、沈めないというくらいに、気力が弱くなってしまうときがあります。

そんなときは、目の前のことを淡々とこなしながら、

いつもより丁寧にご飯を作ったり、掃除をしたり、日光浴をしたり、
なるべく生活感のあるスーパーなどに行って、
暗いところに引っ張られないように、
そっとしながら毎日を過ごすようにしています。

でも、
そういう時期は、宝物を掘り出せる、絶好の機会でもあるんですよね。

生きる気力がないときは、
視点の当て方をちょっと間違えるだけで、
あっという間に、絶望感に取り囲まれて、
もう明るい気持ちの自分には戻れないんじゃないかって思うほど、悲しくなってしまいます。

でも、
そんなときでも、
残っているものがあるんですよね。

何にもやりたくないのに、
それだけはやってもいいと思えるものがちゃんと残っていたり。

やっぱりこれ好きだなぁ。
やっぱりこういう人いいなぁ。
やっぱりこの感じがいいなぁ。

自分の内側から勝手に声が聞こえてくるような感じで、
とてもとても小さな声ではあるけれど、
自分の好きなものをちゃんとわかっている自分がいる。

元気なときは、少しくらい大きな雑音も、余分な荷物も、多少の居心地の悪さも、なんだかんだ受け入れられてしまうから、

実は元気なときの方が、
色んなことを、ちゃんと見られていなかったりするのかもしれませんね。

生きる気力が弱まっているときは、
自分にとっての、
生きていくための必要不可欠なものしか手にしていられないから、

自分の軸となっているものだけが残っていてくれる。

ある意味、極限状態だからこそ、

色んなことに気づきやすくなるんだと思います。

だからいつだって、
その状態でしか手に入らない宝物があるんだと思います。

私はそれを見つける名人になりたい。